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STOレスキュージャッキを造る私たちについて
本社所在地:愛知県名古屋市中川区清川町1丁目1番地
私たちは、自動車搭載用ジャッキを製造するメーカーです。
スクリュージャッキ(通称:だるまジャッキ)とパンタグラフジャッキの2種類を製造しています。
スクリュージャッキ(通称:だるまジャッキ)とパンタグラフジャッキの2種類を製造しています。

左から2台)1.5t用パンタグラフジャッキ
右から5台)1.8t〜2.0t用スクリュージャッキ
右から5台)1.8t〜2.0t用スクリュージャッキ
1929年(昭和4年)よりスクリュージャッキの製造を開始し、
年間約100万台のジャッキを製造しています。
(スクリュージャッキ:約75万台・パンタグラフジャッキ:約25万台)
名古屋市中川区の本社工場他、港工場(名古屋市港区)、佐屋工場(愛西市)に拠点を置いています。

ジャッキを造り続けて90年以上の知識・技術を活かして”STOレスキュージャッキ”を開発しました。
年間約100万台のジャッキを製造しています。
(スクリュージャッキ:約75万台・パンタグラフジャッキ:約25万台)
名古屋市中川区の本社工場他、港工場(名古屋市港区)、佐屋工場(愛西市)に拠点を置いています。


☞ 開発コンセプト『1人でも多くの人を助けるために』
1995年 阪神・淡路大震災発生。
6,434名にも及ぶ多くの尊い命が犠牲となった一方、
約27,000名の人たちが倒壊した家屋などから、 地域の方々の手によって助け出されました。
この震災を機に共助の大切さが広まり、
救助活動の三種の神器として バール・のこぎり・ジャッキが提唱されるようになりました。
災害時に1人でも多くの人を助けるため、且つ、地域の人同士で助け合えるよう、
「災害救助」・「共助」に特化させたジャッキとして”STOレスキュージャッキ”を開発しました。

大規模災害時、救助隊の方々がすぐに
全ての救助を必要とする人の元に駆け付けるのは難しいことが想定されます。
したがって、なるべく小さなコミュニティでSTOレスキュージャッキを備えて頂き、
(家庭・町内会・自主防災団体・消防団・企業・お店 等)
いざという時に「自助」・「共助」の力の手助けとなることを願います。
6,434名にも及ぶ多くの尊い命が犠牲となった一方、
約27,000名の人たちが倒壊した家屋などから、 地域の方々の手によって助け出されました。
この震災を機に共助の大切さが広まり、
救助活動の三種の神器として バール・のこぎり・ジャッキが提唱されるようになりました。
災害時に1人でも多くの人を助けるため、且つ、地域の人同士で助け合えるよう、
「災害救助」・「共助」に特化させたジャッキとして”STOレスキュージャッキ”を開発しました。

大規模災害時、救助隊の方々がすぐに
全ての救助を必要とする人の元に駆け付けるのは難しいことが想定されます。
したがって、なるべく小さなコミュニティでSTOレスキュージャッキを備えて頂き、
(家庭・町内会・自主防災団体・消防団・企業・お店 等)
いざという時に「自助」・「共助」の力の手助けとなることを願います。